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福岡地方裁判所久留米支部 昭和57年(ワ)282号 判決

原告

牟田晃

右訴訟代理人弁護士

馬奈木昭雄

稲村晴夫

下田泰

被告

福岡県

右代表者知事

奥田八二

右訴訟代理人弁護士

森竹彦

右指定代理人

井上公明

外三名

主文

一  被告は原告に対し金一二万円及びこれに対する昭和五七年一〇月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分しその四を原告の負担としその余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和五七年一〇月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、久留米民主商工会(会員一六五〇名)の会長であり、また、昭和五〇年より久留米市議会議員であるが、昭和五七年一〇月二八日、福岡県久留米警察署(以下「久留米署」という。)所属の警察官から速度違反の疑いで現行犯逮捕のうえ留置された者である。

(二) 被告は、普通地方公共団体で、福岡県警察を設置し、管理運営するものである。

(三) 巡査柴田伸一、同北原真一郎、巡査部長吉瀬秀夫及び警部補石田正勝は福岡県警察久留米署所属の警察官である。

2  原告が現行犯逮捕されるまでの経緯

(一) 原告は、昭和五七年一〇月二八日午後七時三〇分過ぎ、久留米市原古賀町久留米民主商工会事務所を出て、自己所有の普通乗用自動車(以下「本件乗用車」という。)で同市善導寺町の自宅へ向かつていた。

原告は、同日午後七時四〇分ころ、同市東櫛原町一三五番地先の中央公園東側道路(以下「本件道路」という。)を走行していたところ、北原巡査から停止の合図を受け、同人の誘導に従い、中央公園入口の正門前に本件乗用車を停め、エンジンを切つた。

(二) 停車してすぐ、北原巡査に代つて停止係の柴田巡査が原告のところまでやつてきて、何か言つたが、よく聞こえなかつたため、原告は右ドアのガラスを下に降ろした。

柴田巡査は原告に対し、「降りて来い。メーター機を見なさい。」と指示した。原告が「なんでメーター機を見るんですか。」と尋ねたところ、柴田巡査は「君はスピード違反だ。」と答えた。

原告は柴田巡査よりスピード違反であると告げられたため、「どの位出ていますか。」と尋ねた。これに対し柴田巡査は強い口調で、「出て来てメーター機を見ればわかる。メーター機を見ろ。」と答えた。このようなやりとりが二回ぐらい行なわれた。

(三) 柴田巡査は現場にいた北原巡査を呼び、同人も本件乗用車のところへ来た。本件乗用車が停止してから約一分後であつた。

北原巡査は原告に対し「何故降りて来ないのか。」と怒鳴りつけ、「免許証はもつているのか。」と尋ねた。

原告が免許証を持つている旨答えると、北原巡査は「それなら見せろ。」と要求した。

そこで原告は「見せますよ。」と答えたうえで、背広の内ポケットから黒表紙の議員手帳と免許証を同時に出し右手に持つて見せながら、自分の息子のような若い警察官の態度が言葉使いも荒く、横柄であると感じたために「免許証は見せますが、その前にあなたの名前を教えてください。」と頼んだ。

これに対し北原巡査は「制服を来ているから名前を言う必要はない。」と答え、自らの氏名を明らかにすることを拒否した。

(四) 原告と北原巡査との間で「名前を教えて欲しい。」「名前を言う必要はない。」とのやりとりがなされていたところへ、吉瀬巡査部長がやつてきて、「グズグズ言うなら逮捕せろ。」と大声でどなつた。原告は「何で逮捕するのか。」と抗議したが、四、五名の警察官が本件乗用車のドアを開けて、「逮捕、逮捕」と言いながら原告を車の外へ引きずり出し、原告を逮捕した。

原告が本件乗用車を停止させてから、四ないし五分間の出来事であつた。

3  原告が留置された経緯

(一) 原告は、逮捕された後、近くに停車していたマイクロバスまで連行され、そこで手錠をかけられ、同日午後八時一〇分ころ久留米署へ連行された。

(二) 原告は、そこで、当日の当直主任であつた石田警部補から弁解録取を受けたが、その際、氏名・住所・職業を述べ、特に職業については、市会議員であり、かつ久留米民主商工会の会長であることを述べ、免許証を提示した。

右弁解録取の手続は五ないし一〇分間で終わつた。

(三) そこで、原告は当然釈放されるものと考え、石田警部補に対し、「帰してほしい。」旨要求したところ、石田警部補は「今日は帰さない。逮捕したのだから署長の許しがないと帰されない。」と、原告の釈放を拒否した。原告はこれに抗議し、「署長に会わせてもらいたい。」旨頼んだが、石田警部補はこれも拒否した。このようなやりとりが約一〇分間ぐらい続いたが、原告も釈放されることをあきらめ、家族や久留米民主商工会へ連絡を取ることを石田警部補に要求した。

そこで、石田警部補は久留米民主商工会の事務所へ電話連絡をしたが、これが同日午後八時三〇分ころであつた。

(四) その後、原告は、二階の留置場へ連行され、そこで服装と持物一切の検査を受け、二階の取調べ室で夕食をとり、同日午後一〇時ころ、留置場へ入つた。

(五) 原告は、翌一〇月二九日午前一〇時ころ釈放された。

4  接見拒否の経緯

(一) 久留米民主商工会の顧問である久留米第一法律事務所所属の弁護士稲村晴夫は、同年一〇月二八日午後九時過ぎころ、同会から原告がスピード違反で逮捕された旨の連絡を受け、同日午後一〇時ころ久留米署を訪ねた。

(二) そこで、稲村弁護士は石田警部補と面会し、原告の釈放を申し入れたが、拒否されたため、遅くとも同日午後一〇時三〇分ころまでに、石田警部補に対し、弁護人になろうとする者であることを告げ、原告との接見を求めた。しかるに、石田警部補は「現在取調べ中だから会わせられない。」と原告との接見を拒否した。

(三) そこで、稲村弁護士は「取調べ中であれば取調べが終わるまで待つので接見させてもらいたい。」旨申し入れ、久留米署内で待機していたところ、同日午後一〇時四五分ころ、石田警部補から「接見するなら弁護人選任届を出してもらいたい。」旨の申し入れがなされたため、稲村弁護士は右届用紙を事務所から取り寄せ、これを石田警部補に手渡し、同人が原告のもとに赴き、原告の署名捺印を受けた。

(四) ところが、石田は同日午後一一時過ぎころ、「もう、今夜は遅いので会わせられない。」と言い出し、原告との接見を拒否し、稲村弁護士の再三の抗議にもその態度を変えようとしなかつたため、同人は翌朝まで原告と接見することができなかつた。

5  報道機関への通報

石田警部補は、原告を逮捕した当夜、新聞記者に対し、「原告をスピード違反で逮捕した。逮捕理由は免許証を提示せず、氏名・住所が判らなかつたためである。」旨連絡した。そのため、翌一〇月二九日には、新聞、ラジオで右と同旨の報道がなされた。

6  被告の責任

(一) 本件現行犯逮捕の違法性

(1) 現行犯逮捕の必要性の要件

令状による逮捕は、刑事訴訟法一九九条二項、二一一条、刑事訴訟規則一四三条の三により逮捕の必要性(罪証隠滅のおそれ又は逃亡のおそれ)が要件となつている。

ところで、現行犯逮捕の場合、逮捕の必要性が要件であるとの明文の規定はないが、逮捕が人の自由を拘束するという重大な苦痛を与えることを考えると、人権保障の見地から、現行犯逮捕の場合にも逮捕の必要性は、要件であると解すべきである。

(2) 本件現行犯逮捕の必要性の欠如

本件の場合、被疑事実は速度違反という罪質も軽いものであり、また現認者は警察官であり、測定機による記録もなされており、罪証隠滅のおそれは全くないと言つてよい。

そこで、本件の場合、逃亡のおそれがあるかどうかが問題となる。

原告が逮捕された経緯は前記のとおりであり、原告は警察官の誘導に従つて本件乗用車を停止させ、エンジンキーを切り、運転席の窓ガラスを開けて、ポケットから免許証を取り出してこれを手に持ち、いつでもこれを提示して任意捜査に応じる態勢をとつていたのであり、逃亡のおそれがあつたとは到底考えられない。

仮に、原告が免許証の提示を拒否したとしても、警察官としては、原告に対し、口頭で質問し、あるいは、本件乗用車は原告の所有車であるからその車両ナンバーを確認したうえで県警察本部へその所有者の氏名・住所等を照会すれば、原告の氏名・住所等の人定事項は容易に確認することができたのであるから、右措置をとり、できる限り逮捕を回避すべきであつた。

しかるに、警察官は、原告が警察官の指示に素直に応じなかつたことから、右のとおり原告に逃走のおそれがない状況で、しかも尽すべき人定事項確認措置を全くなすことなく、本件現行犯逮捕に及んだのであり、本件現行犯逮捕は逮捕の必要性を欠く違法なものであつたと言うべきである。

(二) 本件留置の違法性

(1) 刑事訴訟法二一六条、二〇三条によれば、現行犯逮捕された被疑者の引致を受けた司法警察員は、「直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放しなければならない」旨定めている。そして、弁解の機会を与えて当初に留置の必要がないと認められる場合とは、人違いとか、犯罪の嫌疑がないとかいう場合はもとより、逮捕の必要性がない場合を含むことはもとよりであり、これは四八時間以内であつても同様であり、この場合にはその時点で直ちに釈放しなければならない。

従つて、逮捕してからも逃走のおそれや罪証隠滅のおそれがない場合には釈放しなければならないのである。

(2) 本件について言えば、おそくとも石田警部補が原告の弁解録取書を作成した時点(午後八時三〇分ころ)には、原告の氏名・住所・職業も明らかとなつており、かつ、このことは免許証および県警本部への照会でも確認されており、原告には逃走のおそれや罪証隠滅のおそれなど全くなかつたのである。

従つて警察はこの時点で留置の必要性がないものとして原告を釈放すべきであつたのである。しかるに石田警部補はこれら留置の必要性については全く思いを致すこともないまま、「逮捕した以上帰されない。今夜は泊める。」との態度で原告を留置したのである。

これは明らかに必要性のない留置をなしたものであり、違法というべきである。

(三) 本件接見拒否の違法性

本件において、石田警部補が原告に接見しようとした稲村弁護士の接見申入れについて、これを拒否し当夜接見させなかつた経過については前記のとおりである。稲村弁護士はおそくとも午後一〇時半ころまでには石田警部補に対し原告との接見を申し入れている。この際、右稲村は原告の長男晃一より弁護人の依頼を受け、弁護人となろうとする者であることを石田警部補に告げている。しかも午後一〇時五〇分ころには原告本人も弁護人選任届に署名捺印しているのである。

しかるに、石田警部補は右接見要求を拒否する合理的理由がないにもかかわらず、これを拒否したものであり、石田警部補の右措置は違法と言うべきである。

(四) 本件報道機関への通知の違法性

石田警部補は、前記のとおり原告を逮捕した旨を新聞記者に連絡しているが、その際、逮捕した理由について「原告が免許証の提示を拒否したため氏名・住所がわからなかつたため。」と説明しているが、これは前記のとおり明らかに事実に反するものであり、右通知は違法というべきである。

(五) 以上により、被告は久留米署所属の警察官の不法行為につき、国家賠償法一条に基づき、原告が受けた後記損害につき損害賠償義務を負うものである。

7  原告の損害

(一) 慰謝料 金五〇万円

原告は前述した警察官の一連の不法行為によつて身体の自由を拘束され、また本件が新聞、ラジオなどマスコミによつて報道されたこと等により、あたかも原告が免許証の提示を拒否したかのような印象を与え、私人としての、また市議会議員、久留米民主商工会長として名誉、信用を著しく傷つけられた。また弁護士と接見交通権を妨害されたことにより、逮捕当夜弁護士と接見することができず、逮捕時の状況を家族および同会関係者に伝えることができなかつた。これらによる精神的苦痛を慰謝するためには金五〇万円が相当である。

(二)弁護士費用 金五〇万円

原告は本件訴訟を原告代理人らに委任し、弁護士費用として金五〇万円を支払う旨約した。

8  よつて、原告は被告に対し、国家賠償法一条に基づき、右損害賠償金合計金一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五七年一〇月二九日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1(一)  請求原因1(一)のうち、原告が昭和五七年一〇月二八日当時久留米民主商工会の会長であり、久留米市議会議員であつたこと及び同日速度違反の疑いで現行犯逮捕され留置されたことは認め、その余の事実は知らない。

(二)  同(二)は認める。

(三)  同(三)の事実は認める。

2(一)  同2(一)のうち、第一段の事実は知らない。第二段の事実のうち、原告が本件乗用車のエンジンを切つたことは否認し、その余の事実は認める。

(二)  同(二)ないし(四)のうち、原告を逮捕したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  原告を逮捕するに至つた経緯は次のとおりである。

昭和五七年一〇月二八日午後六時二〇分ころから、本件道路において久留米署員が、レーダーによる自動車の速度違反取締りに従事中、同日午後七時四五分ころ、制限速度毎時四〇キロメートルの前記道路を、極めて高い速度で走行する本件乗用車を発見、やがてマイクロバス内におかれた測定器に、その速度が毎時七〇キロメートルと表示されたので、同車を中央公園入口の広場に停車させた。

停止係の柴田巡査は、運転していた原告に、速度違反取締中であり、速度違反をしていたので免許証をもつて降りて来て欲しい旨を伝えた。ところが、原告は、「何で免許証を見せないかんか、おれが何をしたか。」とか、「おれは用があるから早く行かないかん。」「おまえは何か、証拠でもあるんか。」と強く言い続けた。北原巡査もそのあと同様に免許証をもつて降りてマイクロバスに行つてくれと、再三にわたり説得をした。しかし、原告はエンジンを切る様子もなく、同じことを言い、警察官の名前を尋ねたりしていたので、北原巡査は、さらにマイクロバス内にいた取締責任者である吉瀬巡査部長に応援を求めた。

吉瀬巡査部長は、停車車両横に行つて、原告に対して、「速度違反です、免許証を見せて下さい。」と何度も言つたが、原告は「降りる必要はない、お前はどこの警察か。」とか「名前は何か。」とか言うばかりであつた。

吉瀬巡査部長はさらに「降りて速度記録紙を見て下さい。速度違反について言いたいことがあれば、マイクロバスの中で言つて下さい。」と言うと、原告は、「おれは急いでおる、降りる必要はない。」と同様のことを繰り返し、さらに「お前の名前を言え、名前を言わんか。」と言つて、手帳と筆記用具を出したりした。

しかし、原告は免許証を出さず、車からも出ないまま、こうしたやりとりが同じように続くばかりであつたことから、吉瀬巡査部長は「速度違反で、免許証も見せず、住所氏名もわからず、このままだと逮捕しなければなりませんよ。」と警告した。原告は、これに対しても、「逮捕するなら逮捕せよ。」と言う始末で説得にも全く応じず、車から出る気配すら見せなかつたので、遂に逮捕したものである。

3(一)  同3(一)及び(二)の事実は認める。

(二)  同(三)の事実は否認する。

(三)  同(四)及び(五)の事実は認める。

(四)  原告を留置し取調べた経緯は次のとおりである。

吉瀬巡査部長は、パトカーを久留米署から現場に回送の上、原告を同署に連行し、身柄を同日午後八時一〇分頃、石田警部補に引致した。同人は午後八時二〇分ころから弁解録取を行つた。原告は初めて免許証を提示の上、住所・氏名と市会議員であることを述べた。しかし、被疑事実については、「時速七〇キロメートルも出して走つた覚えはない。」、弁護人については、「後に返事する。」とのことであつた。

その後、原告に対し直ちに取調べを行つたが、原告は、急ぎの客を待たしている、早く釈放しろと言い、逮捕されるようなことをした覚えはないので話すことはないの一点張りで、全く取調べに応じなかつたから、午後九時三〇分ころ取調べを打切り、夕食の上午後一〇時ころ留置を行つた。

4(一)  同4(一)のうち、稲村弁護士が午後一〇時ころ久留米署に来たことは認めるが、その余の事実は不知。

(二)  同(二)、(三)のうち、午後一一時過ぎころ、稲村弁護士から弁護人選任用紙が提出され、これに原告が署名・捺印したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  稲村弁護士が接見を申し出た経緯は次のとおりである。

同日午後一〇時頃、一四、五名の者が久留米署玄関に来た。石田警部補が応待すると、稲村弁護士が名乗り出て、要約すると、何故交通違反で逮捕したか、早期釈放をせよとの抗議であつた。

これに対しては、逮捕の理由を説明すると共に、未だ捜査未了なので釈放できない旨を答え、しばらく前記の抗議が繰り返されていたが、同日一〇時三〇分ころ、稲村弁護士から、「せつかく来たのだから、私がこうして来ていることを伝えて弁護人に選任するか本人に聞いて欲しい。」旨要請があつた。そこで、すでに横になつていた原告に尋ねたところ、しばらく考えて、「稲村弁護士に弁護人をお願いします。」旨の返事であつた。

稲村弁護士に伝えたところ、同人は、弁護人選任届の用紙を持参していないので、とりにやるので待つて欲しい、とのことで、しばらく時間をとつた。同日一一時を少し過ぎたころ、ようやく弁護人選任届用紙が到着し、稲村弁護士より石田警部補に提出された。留置場事務室で原告の署名押印を得、稲村弁護士に交付した。

ところが、稲村弁護士は、自分の印鑑をしばらく探した挙句、結局、持参していないことが判つたのか、「明朝、印鑑を押したうえで提出する。」と述べて、およそ同日一一時三〇分頃、署を退出しかかつたとき、初めて「弁護人として選任されたのだから、今から接見させて欲しい。」との申出がなされた。

石田警部補は、すでに時間も遅く、他の留置人の睡眠を妨げて騒ぎ出されて保安上の問題を惹起することも考えられたので、その旨を稲村弁護士に説明したうえ、明朝には直ちに接見させるので、明朝まで持つてもらえないかと要望したところ、同弁護士も納得して当日は帰つたものである。

翌二九日午前九時、稲村弁護士が来署し接見を求めたので、直ちに接見させた。

5(一)  同5の事実は否認する。

(二)  報道機関の報道に至る経緯は次のとおりである。

前記のとおり、同年一〇月二八日午後一〇時過ぎから久留米署には十数名の者が押しかけて来て、原告の逮捕に対する抗議をしたため、通常取材のため来署していたある新聞記者が目ざとくみつけて取材を開始したので、同署員が原告の被疑事実と逮捕理由を述べたものである。久留米署側で、特に報道機関に連絡したとの主張は、事実に反する。

6  同6の主張は全て争う。

(一) 本件現行犯逮捕の正当性

原告が警察官から停止を命じられたとき、運動公園の門扉は開いていたこと、原告は、車を停止してもエンジンキーを切らず、かつ、警察官から免許証を持つて、違反の記録紙を見るように言われても、全くこれに応じようとせず、速度違反はしていない、免許証を見せる必要もない、とか、お前は警察官か、どこの署の者か、などと言つて、更には手帳と筆記用具のようなものを取り出すなど、全く無用の用にかこつけて交通違反の捜査に応じなかつたことは明らかである。

しかも、停止を求めている警察官側は、パトロールカーその他追跡車両もなかつたので、原告が逃げようとすればいつでも逃げられる状態にあつた。

こうした状況のもとにあつては、原告に逃走のおそれがありとして原告を逮捕することはやむを得なかつたといわざるを得ない。

(二) 本件留置の正当性

留置の時点では原告が久留米市議会議員であることは判明していた。しかし、前述のように、原告が全く取り調べに応じようとしない態度を維持している事実は、そのまま釈放した場合に出頭要求に対して出頭の確保が著しく困難なことを予想させた。法が「逃亡のおそれ」というのは、不出頭のおそれを具体化したものと言われており、従つて、原告が市議会議員であることだけでは、逃亡のおそれはないとすることは出来なかつた。

更に、この時点では、原告の違反速度について第三者による確認は、調書化されていなかつたのであるから、罪証隠滅のおそれもなしとすることができない。

こうした状況のもとにあつては、原告を留置することはやむを得ないといわざるを得ない。

(三) 本件接見拒否の正当性

(1) いうまでもなく、弁護士は弁護士たるが故に、当然に被疑者の誰とでも接見できるわけではない。弁護人または弁護人となろうとする者の場合に限られる。

しかるに、稲村弁護士は当初原告からはもちろんその家族からも弁護人を依頼されていなかつたのであるから、弁護人でも弁護人になろうとする者でもなかつた。

(2) 従つて、稲村弁護士の面会要求が正当として是認できる(弁護人としての請求となつた)のは、原告が、稲村弁護士にお願いしますと石田警部補に言つた時(原告によれば選任届に押印した時)である。その時刻はおよそ午後一〇時三〇分過ぎであつた。

しかしながら、権利といえども内在する制約があろう。

午後一〇時過ぎての接見要求は、留置場が消灯時間を午後九時として運営されていること及び接見を許可した場合他の留置人との関係で保安上の問題が発生することが想定されることにかんがみて、非常識で権利の濫用であり、これを拒否したことは何ら違法な措置ではない。

(四) 報道機関への通知の違法性の主張に対する反論

前記のとおり、石田警部補は本件の一部の経過が特定の新聞記者の知るところとなるに及んで、他社に対する関係もあつたので、取材に応じ、公益に関する事実として真実を公表したものであり、何ら違法な点は存しない。

7  同7の事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告が昭和五七年一〇月二八日当時久留米民主商工会の会長であり、また久留米市議会議員であつたこと、原告が同日久留米署所属の警察官から速度違反の疑いで現行犯逮捕されたうえ留置されたこと、被告が普通地方公共団体で、福岡県警察を設置し、管理運営していること及び柴田巡査、北原巡査、吉瀬巡査部長及び石田警部補が福岡県警察久留米署所属の警察官であることはいずれも当事者間に争いがない。

二請求原因2の事実中原告が、昭和五七年一〇月二八日午後七時四〇分頃、本件道路を走行中北原巡査から停止の合図をうけ、その誘導に従い中央公園入口正門前に本件乗用車を停車したこと、原告が逮捕されたこと、請求原因3の(一)、(二)、(四)、(五)の各事実、請求原因4の(一)の事実中稲村弁護士が当日午後一〇時頃、久留米署に来たこと、同4の(二)、(三)のうち当日時刻の点は別として同弁護士から弁護人選任用紙が提出され原告が署名捺印したこと、は当事者間に争いがなく、この事実並びに〈証拠〉を総合すると、

1  原告の現行犯逮捕に至る経緯

(一)  吉瀬巡査部長、北原及び柴田各巡査は久留米署所属の警察官六名とともに、昭和五七年一〇月二八日午後六時二〇分ころから、本件道路(現場の状況は別紙図面のとおり)においてレーダースピードメーター(以下「レーダー」という。)を用いて自動車の速度違反の取締りに従事していた。

(二)  その分担は、現認係一名、停止係二名及び取調べ係六名であつたが、吉瀬巡査部長は現場責任者兼取調べ係を、北原及び柴田各巡査は停止係を各担当していた。

(三)  原告は、同日午後七時四六分ころ、本件乗用車を運転して、制限速度毎時四〇キロメートルの本件道路を国道二一〇号線方面から国道二一〇号バイパス方面に向けて、毎時七〇キロメートルで走行していた。

(四)  現認係の警察官は、レーダーにより本件乗用車が速度違反をしていることを探知したので、直ちに停止係の北原巡査に同車の停止を指示し、同人は本件道路西側路側部に立つて、本件乗用車に対して警笛を吹き、停止灯を振つて停止を命じた。原告は、これに従い、本件道路西側の中央公園の正門前の別紙図面①付近に、本件乗用車を正門に向けて停止させた。

(五)  北原巡査は、次の違反車両を停止させるためその場を離れ、代つて、柴田巡査が原告に対し免許証の提示及び降車してレーダーの速度測定記録紙の確認を求めるため、本件乗用車の運転席横付近に近づき、同車の運転席側の窓を開けた原告に対し、窓越しに、速度違反の事実を告げたうえ降車して右記録紙を確認するように求めた。

それにもかかわらず原告は、「どの位速度が出ているのか。」などと反問し、車から降りようとしなかつたため、同巡査はしばらく押し問答を続けた後、付近に居た北原巡査に応援を求めた。

(六)  北原巡査は、直ちに本件乗用車のところへ赴き、原告に対し、運転席の窓越しに免許証の提示及び降車を求めたが、原告は、「免許証は持つている。」と答えたものの、北原巡査にこれを提示せず、又、「降りる必要はない。」と言つて、車から降りようともしなかつた。

北原巡査は、しばらく原告と押し問答を続けた後、その付近に駐車していた久留米署のマイクロバスの中に居た吉瀬巡査部長に応援を求めた。

(七)  そこで、吉瀬巡査部長も、本件乗用車のところへ駆けつけ右北原と同様原告に対し、免許証の提示及び降車を求めたが、原告は、これを拒否する態度を改めようとしなかつた。

吉瀬巡査部長は、更に、原告に対し氏名・住所を尋ねたが、原告はこれも答えようとせず、却つて、右吉瀬に対し名前を名乗るように求め、同時に議員手帳を背広の内ポケットから取り出して右手に持ち、名前を筆記しようとするかの如き態度を示した。

(八)  吉瀬巡査部長は、原告に対し、久留米署員であることを告げたが、名前を言うことは拒否し、しばらくの間原告と押し問答を続けたが、原告が名前を名乗れと言うばかりで、一向に免許証の提示及び降車の要求に応じる様子がないことから、原告に対し、このままでは逮捕しなければならない旨告げたうえ、それでも原告が右態度を改めなかつたので、逮捕する旨告げて、北原巡査が車の運転席側のドアを開け、吉瀬巡査部長が原告の右手を、北原巡査が左手を掴んで車外へ引き出し、そのまま右吉瀬及び北原が両傍から原告の両腕をかかえるようにして、前記の久留米署のマイクロバスまで連行し、同日午後七時五〇分ころ、右北原が原告に手錠をかけた。

(九)  その後、原告は、同日午後八時過ぎころ、久留米署から回送されたパトカーで同署に連行された。

(一〇)  なお、原告は、逮捕されるまで本件乗用車のエンジンをかけたままであつた。

また、その際、本件乗用車の前面の中央公園正門の扉は開いていた。

2  原告の留置、釈放に至る経緯

(一)  吉瀬巡査部長は、同日午後八時一〇分ころ、久留米署に戻り、同署別館一階の交通事故係の部屋に待たしていた原告を、当夜の当直主任である石田警部補に引き渡した。

(二)  右石田は、吉瀬巡査部長から原告を逮捕した経緯について事情を聴取したうえ、同日午後八時二〇分ころ、右部屋において、原告に対し弁解録取を行なつた。その際、原告は、右石田に対し、免許証を提示したうえ、住所・氏名は免許証記載のとおりである旨、職業は久留米市議会議員である旨述べた(なお、原告は背広の襟に議員バッチを付け、議員手帳を所持していたので、右職業についてはその場で容易に確認できた。)。更に原告は、被疑事実について運転したことは認めながら、速度はどの位出していたかわからないが、時速七〇キロメートルを出して走つた覚えはない旨弁解した。また、右石田から弁護人選任権の告知を受けたが、弁護人については後で考えて返事する旨答えた。

なお、右弁解録取に際し、本村真寿夫巡査は、福岡県警察本部鑑識課に原告の氏名照会をし、右回答により原告の前歴関係を確認している。

(三)  石田警部補は、弁解録取を終えると、本村巡査に対し、原告の取調べを命じたが、その際、原告の希望により久留米民主商工会事務所に電話を掛け、同会事務員に対し原告を速度違反により逮捕した旨伝えた。

本村巡査は、前記の交通事故係の部屋で原告を取調べたが原告が不当逮捕だから直ちに釈放しろと繰り返すばかりであつたので、同日午後九時三〇分ころ、取調べを打ち切り、その旨を石田警部補に報告したところ、同人から留置するように命令されたので、係の警察官に指示して原告を二階の留置場に連行した。

(四)  原告は、留置場前において身体検査をされ、食事をしたうえ、同日午後一〇時ころ留置場に入つた。

(五)  原告は、翌一〇月二九日午前一〇時一〇分ころ、釈放された。

3  弁護士稲村の接見要求と久留米署の対応

(一)  久留米民主商工会事務局長坂本葉子は、前記のとおり石田警部補から原告を逮捕した旨の連絡があつたことから、昭和五七年一〇月二八日午後九時一五分ころ、同会の顧問弁護士の事務所である久留米第一法律事務所に連絡をとり、原告の釈放等について依頼した。

(二)  そこで、右法律事務所所属の弁護士稲村は同日午後九時四〇分ころ、久留米署前に赴き、そこで久留米民主商工会関係者らが集まるのを待つて、同日午後一〇時ころ、同会関係者ら一〇数名とともに同署内に入り、応対に出てきた石田警部補に対し、名刺を渡して弁護士の稲村である旨告げ、原告の逮捕理由について説明を求めたうえその釈放を要求し、同石田が右釈放要求を拒否したので、続いて原告との接見を要求した。これに対し、石田は、取調べ中であるからと述べて右接見要求を拒否した。

(三)  そこで、稲村弁護士らは、原告の取調べが終わるのを待つこととして久留米署内に待機していたところ、同日午後一〇時三〇分ころ、石田警部補から同署外へ退去するように求められたため、いつたん全員が同署外へ退去した。

(四)  その直後、稲村弁護士は、再び久留米署内に入り、石田警部補に対し原告との接見を重ねて要求した。

そうするうちに、石田警部補は、同日午後一〇時四五分ころ、稲村弁護士に対し、原告と接見するのであれば、まず、弁護人選任届を提出するように求めた。

稲村弁護士は右選任届の用紙を準備していなかつたので、直ちに外で待つている久留米民主商工会の関係者に頼んで久留米第一法律事務所から右用紙を取り寄せ、これを石田警部補に渡した。右石田は右用紙を持つて留置場へ赴き、原告を留置場から出して右用紙に署名押印させたうえ、右用紙を稲村弁護士に渡した。ところが、稲村弁護士は印鑑を持参していなかつたため、弁護人選任届は翌日提出することとなつた。

(五)  同日午後一一時ころ、右の弁護人選任に関する手続が一段落したところで、稲村弁護士は、石田警部補に対し、再度原告との接見を要求したところ、右石田は今度は「もう遅いから会わせられない。」と言つて当夜の接見を拒否した。その後、稲村弁護士と石田警部補の間でしばらく押し問答が続いた後、同日午後一一時三〇分ころ、稲村弁護士は原告との接見をあきらめて、久留米署を退去した。

4  原告の逮捕事実の報道に至る経緯

(一)  石田警部補は、同日午後一〇時過ぎころ、久留米署内に稲村弁護士外十数名の者が集つているのを見つけた新聞記者から、右の件について取材を申し込まれ、久留米市議会議員である原告を速度違反で逮捕したこと及び逮捕の理由は原告が免許の提示及び降車を拒否したことにある旨を告げ、更に、一社に対してのみ情報提供するのは相当でないので、当時の報道連絡担当の新聞社に右と同旨の情報を電話で通知した。

(二)  右情報の提供を受けて、新聞・ラジオ等の報道機関は翌一〇月二九日右情報と同旨の報道をした。

以上の各事実が認められる。なお、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できない。

三以上認定した事実に基づき、前記の警察官の各所為の違法性の有無について判断する。

1  本件現行犯逮捕の違法性の有無

(一)  逮捕が人の身体の自由を拘束する強制処分であることにかんがみると、令状による逮捕の場合のみならず、現行犯逮捕の場合においても、逮捕の必要性を要すると解するのが相当であり、被告もこの点については特に争わない。

ところで、現行犯の場合、犯人の氏名・住居が明らかでない場合は類型的に逃亡のおそれが強いものと認められるところ、本件のごとき交通法令違反事件においては、同種事犯を大量かつ適正迅速に処理する必要があることから取締状況や現場での取調べの実情などに特殊性が見られること及び道路交通法が運転者に運転免許証の携帯を義務づけている(道路交通法九五条)ことにかんがみると、運転免許証によつて運転者の住所・氏名等の人定事項を確認するのが原則であると解されるので、特段の理由(免許証の不携帯など)もなく、免許証の提示を拒む場合には、原則として逃亡のおそれがあると認められてもやむを得ないものと言うべきである。

もつとも、警察官としては、その職掌がら、できるだけ、犯人を説得して免許証を提示させるなど、その氏名・住居を明らかにし無用な逮捕を避けることが要請されるが、その尽くすべき措置にも前記の交通法令違反事件処理の特殊性からよつて来たる限度があると言わなければならない。

(二)  そこで、右に説示したところを前提として、本件を検討するに、本件被疑事実については、警察官が現認し、レーダーによる速度測定結果は記録化されているのであるから、いわゆる罪体については罪証隠滅の余地はない。

しかしながら原告は、取締り警察官らの再三にわたる説得にもかかわらず、特段の理由もなく、免許証の提示のみならず住所・氏名を明らかにすることすら拒否し、更にはエンジンをかけたままの状態の本件乗用車から降車することも拒否したのであるから、右の状況のもとにおいては、取締り警察官の側から逃亡のおそれがあり、ひいては道交法違反の行為と原告との結びつきについての証拠も隠滅のおそれがあると認められてもやむを得ないものと認められる。

なお、原告は、本件乗用車の車両ナンバーを確認したうえで福岡県警察本部へその所有者の氏名・住所等を照会すれば同車の所有者である原告の氏名・住所等の人定事項を容易に確認することができたにもかかわらず、右措置をとつていないのであるから、本件現行犯逮捕は尽すべき措置を怠つてなした無用かつ違法な逮捕である旨主張するが、そのような措置を講ずることは、前述の道路交通法違反事件における大量取締り、迅速処理の要請に反することになるのみならず仮に右照会により同車の所有者の氏名・住所等が判明したとしても、同車を運転している者が同車の所有者であることを認めるに足りる的確な資料がないのであるから、結局右方法によつて運転者の氏名・住所等の人定事項を確認することはできないものと言わざるを得ない。他に、吉瀬巡査部長らが逮捕の際無用の逮捕を回避するための措置を怠つたことを窺わしめる証拠はない。

(三)  してみると、吉瀬巡査部長らが、前記のような原告の言動からして、このまま放任すれば逃亡のおそれ(本件のような場合は、逃亡のおそれとは、当然に罪体と行為者との結びつきについての証拠隠滅のおそれを含むものである。)があるものと判断して現行犯逮捕に及んだことはやむを得ないところというべきであつて、これをもつて違法な逮捕であるとは認められない。

従つて、右逮捕が違法であるとする原告の主張は失当である。

2  本件留置の違法性について

(一) 刑事訴訟法二一六条・二〇三条によれば、現行犯逮捕された被疑者の引致を受けた司法警察員は、被疑者に対し弁解の機会を与えたうえ、留置の必要がないと認められるときは、被疑者を留置せずに直ちに釈放しなければならず、更に、留置した場合においても、留置の必要がなくなつたと認められたときは、被疑者を釈放しなければならない。

そして、右にいう「留置の必要」とは、逮捕の場合と同様、罪証隠滅のおそれ又は逃亡のおそれをいうものと解される。

(二) そこで、右に説示したところを前提に、本件の留置の必要性について検討する。

まず、罪証隠滅のおそれについて検討するに、本件スピード違反は、警察官が現認しているうえ、レーダーによる速度測定結果も記録化されていることからすると、前述の如く罪体に関する罪証隠滅のおそれは認められない。

また、原告は引致後の弁解録取の際、免許証を提示して氏名・住居を明らかにしており、このことに本件犯行の罪質・態様、その時点で判明した原告の年齢・職業・前歴、とりわけ本件犯行が日常生活において一般人が経験し易く、かつ形式犯であり、原告の職業が久留米市議会議員であることを併わせ考えると、前記認定の弁解録取が終わつた昭和五七年二月二八日午後八時二〇分ころには、逃亡のおそれ、ひいては罪証隠滅のおそれも認められなくなつたと言わざるを得ない。

なお、被告は、原告が全く取調べに応じなかつたのであるから、そのまま釈放した場合には出頭を確保することが困難であり、そのことはすなわち逃亡のおそれがあると言うべきであると主張する。しかしながら、原告は、弁解録取後取調べにあたつた本村巡査に対し、本件現行犯逮捕が不当逮捕であるから即時釈放するように求めてその取調べに応じなかつたのであり(本件現行犯逮捕自体が適法であることは前述のとおりであるが)、右取調べ拒否の理由にかんがみると、原告が取調べに応じなかったからと言つて、そのことから直ちに釈放後警察からの出頭要求に応じないおそれがあるとは言えない。

してみると、右日時ころには、原告を留置する必要はなくなつていたのであるから、石田警部補が右日時以後も、原告を釈放しないで、逮捕状態を継続して原告を留置した措置は適法であつたとは言い難い。

3  本件接見拒否の違法性

(一) 前二3で認定した事実によれば、稲村弁護士は昭和五七年一〇月二八日午後一〇時ころには久留米署に赴き、同日午後一一時三〇分ころまで、石田警部補に対し再三原告との接見を要求したことが認められる。

ところで、原告は、稲村弁護士はその当初から原告の息子晃一から原告の弁護人の依頼をされて弁護人となろうとする者として右接見要求をしたと主張するが、稲村弁護士が右晃一から原告の弁護人を依頼されたことについては、これを認めるに足りる的確な証拠がなく、原告の右主張は採用できない。

しかしながら、前記認定事実によれば、稲村弁護士は原告が弁護人選任届に署名・捺印した同日午後一一時ころには、原告からの依頼を受けて弁護人になろうとする者となつたと認められ、その後の稲村弁護士の接見要求は弁護人になろうとする者の資格に基づく接見要求であると認めるのが相当である(以下、右接見要求を「資格に基づく接見要求」という。)。

(二)  そして、前二3で認定した事実によれば、石田警部補は稲村弁護士の資格に基づく接見要求に対し、深夜であることを理由に当夜の接見を拒否したことが認められる。

そこで、石田警部補の右接見拒否の措置の当否について検討する。

捜査機関は、弁護人となろうとする者から逮捕中の被疑者との接見要求がなされた場合には、原則として何時でも接見の機会を与えなければならない。

ところで、被告は、稲村弁護士の接見要求は午後一〇時を過ぎてなされたものであり、留置場が消灯時間を午後九時として運営されていること及び接見を許可した場合他の留置人との関係で保安上の問題が発生することが想定されることにかんがみて右要求は非常識で権利の濫用であり、これを拒否したことは何ら違法な措置ではないと主張する。そこで、右主張について検討するに、本件は事案の罪質、原告の職業等に徴して、原告の逮捕留置の必要性に疑念を抱く余地があり、弁護人となろうとする者としては直ちに原告と接見する必要が存すること、稲村弁護士の右接見要求は、原告の逮捕から右接見要求に至る経緯にかんがみると、格別非常識な時期になされたものではないこと、逮捕中の被疑者については、監獄法施行規則一二二条(「接見ハ執務時間内ニ非サレハ之ヲ許サス」)の適用はなく、逮捕中の被疑者の留置に関する被疑者留置規則には、右被疑者と弁護人となろうとする者との接見を留置場の執務時間等の関係で制限した条項はないこと、被疑者留置規則三一条が弁護人又は弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)以外の者と被疑者との接見について留置場の保安上の支障がある場合接見を制限することができる旨規定しているのに対し、同規則三〇条が弁護人等と被疑者の接見については右事由を接見の制限事由として挙げていないことにかんがみると、同規則は弁護人等と被疑者との接見を留置場の保安上の支障をもつて当然に制限することは認めていないと解されることにかんがみると、稲村弁護士の資格に基づく接見要求を非常識で権利の濫用であるとする被告の主張は失当である。

他に、稲村弁護士の資格に基づく接見要求に対し直ちに原告との接見の機会を与えることを妨げる合理的な理由を認めるに足りる証拠はない。

(三) してみると、石田警部補が稲村弁護士に対し、当夜の原告との接見を拒否した措置は合理的理由に基づかない違法なものと言わざるを得ない。

4  本件報道機関への通報の違法性

石田警部補が、報道機関に対し、本件被疑事実及び逮捕の理由を通報した経緯は前二4で認定したとおりであるところ、その通報の内容は前二1で認定した事実に合致しており、原告が久留米市議会議員であること及び右通報がことさら原告の名誉を害することを企図してなされたものとは認め難いことを併わせ考えると、石田警部補の右所為が不法行為を構成するとは認められない。他にこの点に関する原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

四以上によれば、石田警部補は久留米署所属の警察官(司法警察員)として、すくなくとも過失により、引致を受けた原告を違法に留置して原告の身体の自由を侵害し、更に、原告と弁護人となろうとする者の接見を違法に拒否して原告の接見交通権を侵害したものであるから、被告は国家賠償法一条一項により原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。

五そこで、原告の蒙つた損害について検討する。

原告が本件留置及び接見拒否により精神的苦痛を蒙つたことは推認に難くはないが、そもそもの発端となつた本件現行犯逮捕については逮捕の必要性が認められたこと、その他原告の職業など本件に顕われた諸般の事情を総合考慮すると、右精神的苦痛に対する慰藉料は金一〇万円をもつて相当と認める。

また、弁論の全趣旨によれば、原告が原告代理人らに本訴の追行を委任し、弁護士費用として金五〇万円を支払う約束をしたことが認められるところ、本件事案の性質、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件不法行為による損害として被告に負担させるべき弁護士費用の額は金二万円が相当である。

六以上の次第であるから、本訴請求は金一二万円及びこれに対する不法行為の後の日である昭和五七年一〇月二九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条・九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。なお、被告の申立にかかる仮執行免脱申立は、相当でないから却下する。

(裁判長裁判官岡野重信 裁判官浅野秀樹、同太田和夫は転補につき 署名押印できない。裁判長裁判官岡野重信)

本件道路付近略図(省略)

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